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水酸アパタイト単結晶の水熱合成
バイオニックデザイングループ
伊藤 敦夫
脊椎動物の骨や歯を構成する主要無機成分や、ある種の結石は水酸アパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)である。水酸アパタイトは構造中に他のイオンを微量成分として取り込みやすく、生体の水酸アパタイトでは炭酸イオン、リン酸イオン、フッ素イオン、塩化物イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン等のイオンが含まれている。これらの微量成分は水酸アパタイトの結晶性、溶解性、硬度等の物理化学的特性を変化させ、その結果骨や歯に係わる生理現象に影響を与える。例えばフッ素イオンは水酸アパタイトの溶解度を低下させ、歯の耐う蝕性(耐酸性)を向上させる。
このような不純物イオンのうち炭酸イオンは含有量が最も多く、生体の水酸アパタイトの物理化学的特性に強く影響を与えていると考えられている。例えば骨の水酸アパタイトが“リモデリング”(日常的に繰り返される骨の溶解・再石灰化現象)に際して容易に溶解されるのは、炭酸イオンがリン酸イオンを置換して水酸アパタイト構造中に大量の格子欠陥ができ、溶解性が高くなっているためとされている。最近炭酸イオンが水酸化物イオンを置換すると圧電性のある結晶構造になることが判明し、骨の圧電性との関連が注目されている。無重力状態での骨の吸収や力学刺激による骨形成は、圧電性を介した電気刺激の有無が1つの原因であるとされ、炭酸イオン含有水酸アパタイト単結晶を用いた感度の高い圧電定数測定が求められている。
ところで骨中では、水酸アパタイトとコラーゲンが互いに特定の方位関係で配向結合して、エピタキシーの関係になっている。このような水酸アパタイトと生体(高)分子との配向結合のメカニズム解明や、究極の骨代替材料といわれる水酸アパタイト−コラーゲンエピタキシー材料開発にも水酸アパタイト単結晶を用いた基礎研究が不可欠である。しかし水酸アパタイトは非常に結晶育成が難しく、世界最大のものでも純粋な水酸アパタイトで7mm、より生体アパタイトにちかい炭酸イオン含有水酸アパタイトで3mm程度である。このような背景を踏まえ、本研究では炭酸イオン含有水酸アパタイト単結晶の合成を行ったので、以下に最近の成果を紹介する。
水酸アパタイト単結晶は
10CaHPO4+2H2O→
Ca10(PO4)6(OH)2 +4H3PO4 (1)
の反応を利用して育成した。単結晶育成のためには(1)の反応をできる限り小さい速度で進める必要があり、そのためには表面積の小さい高結晶性CaHPO4粉体を出発原料にする必要がある。そこで出発原料のCaHPO4は市販の試薬を用いず、H3PO4とCaCO3から新たに合成し、粒径5〜50μmの高結晶性CaHPO4を出発物質とした。
つぎに炭酸イオン含有水酸アパタイト単結晶の育成に先立ち、(1)の反応をCO2雰囲気下150,210,255℃の各温度で行い、育成条件を決定した。肉厚ガラス製試験管(内容積150ml)にCaHPO4を0.04-0.55g、蒸留水100ml(充填率50%)、ドライアイス0-11gを入れ、これを密閉式ステンレス反応管(内容積200cc)に納め、各温度で72時間反応させた。反応後反応管を水中で急冷し、沈澱を手早く濾過し、粉末X線回折法により相同定を行った。
炭酸イオン含有水酸アパタイトは150,210,255℃のいずれの温度でも生成し、生成条件は添加したCO2量には影響されず、CaHPO4の量だけで決まることが解った(図1)。図1から、255℃以上まで(1)式の反応を進行させるためには、出発物質のCaHPO44の量は3.95g/l以上必要であることがわかった。そこで、CaHPO4 6g、H2O 600ml 、ドライアイス20または35gを内径40mm*高さ560mmの石英ガラス管に入れ、これを独立な3本の発熱体と上下2個のマントルヒーターによって、様々な温度分布を設定できる長管型オートクレーブ(耐圧硝子且ミ製:内径50mm×高さ600mm、容積1000cc)に納めた。種結晶として水酸アパタイト焼結体を3cm間隔に白金線で6個釣り下げた。オートクレーブは、はじめ下部150℃、上部180℃の直線的温度勾配を設定し(図2)、6時間放置した。次に上部のみ0.005℃/minの昇温速度で16日間かけて280〜300℃まで昇温し、その後6日間放置した。最終温度勾配は33.5℃/cm(図2、G1)または7.5℃/cm(図2、G2、G3)とした。
図1 相関系。 |
図2 初期及び最終温度勾配。 G1、2:ドライアイス20g G3:同30g |
1 div.= 1mm 図3 OH基炭酸化水酸アパタイト単結晶 |
得られた結晶は無色透明で、C軸方向に伸長した針状結晶で、水酸アパタイト焼結体上、白金線上、及び石英ガラス表面上に析出した。ドライアイスの量が増加すると析出温度は上昇した。すなわちドライアイス量が20gのとき(G1、2)は温度勾配に依らず、最終到達温度180〜260℃の範囲に析出し、210 ℃付近で最も析出量が多いのに対し、ドライアイス量が30gのとき(G3)は、最終到達温度260〜300℃の範囲に析出し、270℃付近で最も析出量が多かった。結晶の大きさは同一のドライアイス量のときは、温度勾配の大きいほうが(G3)、温度勾配の小さい(G2)ときより大きくなった。得られた結晶の大きさは最大で長さ12mm、太さ0.2mmであった(G3:図3)。結晶の赤外吸収スペクトルから、炭酸基がOH基を置換したOH基炭酸化水酸アパタイトであることを確認した。G3の条件で合成した炭酸水酸アパタイトの格子定数はa=9.435(1)、c=6.882(1)ンAであった。
化学分析の結果得られたOH基炭酸化水酸アパタイトはCa/P=1.61のカルシウム欠損型でCO2含有量は0.62±0.03wt%であった(表)。カルシウム欠損アパタイトの構造式
Ca10−x(HPO4)x(PO4)6−x(OH)2−x(H2O)x
とOH基炭酸水酸アパタイトの構造式
Ca10(PO4)6(CO3)y(OH)2−y
を結合させた構造式
Ca10−x(HPO4)x(PO4)6−x(OH)2−x−2y
(CO3)y(H2O)x
を考え、x=0.354、y=0.139とおくとCaO54.36、P2O542.81、CO20.618、H2O2.19wt%となり、化学分析値とよく一致した(表)。顕微鏡観察の結果では、太さ50μm以下の結晶はクラックや包有物が認められず完全性が高いが、太さ60〜70μm以上になるとC軸に垂直と平行の2方向に、長さ10〜100μmのクラックがある結晶が多くなった。物性データ測定の一例として、比較的欠陥の少ない単結晶を選び、C軸に垂直な方向から荷重を加えて3点曲げ試験を行ったところ、曲げ強度468±205 MPa(n=30)という値を得た。
