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フィージビリティスタディ

有機超格子

やせきよし

八瀬 清志


■目的

「有機超格子」に関するフィージビリティ・スタディ (F/S) において、平成5年度より7年度までの3年間、有機分子線蒸着法 (OMBD) により構造制御された分子性超薄膜・超格子を作製するための基礎的パラメーターの計測と解析を目的として行ってきた。

有機化合物の薄膜作製において、真空中で分子を「飛ばす」ことは一般的に行われている。何百万という有機分子の内、昇華性の化合物については蒸気圧が分かっているが、蒸発速度の実測と言うことになると、研究例が多くない。一般に真空蒸着されているものは、常温常圧で固体であり、10-5 Torr 〜 10-8 Torr の真空度で加熱により蒸着できるものに限られていた。

しかし、真空蒸着の基本は、試料温度に対する蒸発速度の定量化がまず必要な基礎パラメーターであり、単位時間に基板表面に到達する分子数 (分子線強度) の制御によって初めて、薄膜成長の定量的解析と制御が可能になる。それらの基礎的パラメーターの実測のための手法の探索から、このF/Sは始まった。さらに、所定の分子数を基板表面に堆積させた場合の結晶核の発生頻度、分子の基板表面での拡散距離などの結晶成長のパラメーターを定量化するとともに、無機結晶表面での有機分子のエピタキシャル成長の様子を原子間力顕微鏡 (AFM) による形態観測、全反射X線回折による成長のその場計測によりいくつかの機能性有機分子の薄膜成長過程の定量化を行った。最後に、構造制御された高品質分子性結晶薄膜の分子配列を走査型トンネル顕微鏡 (STM) および透過型電子顕微鏡 (TEM) により実像化した。

■成果

(1)分子線強度の実測

超高真空装置に高機能四重極質量分析計 (Qマス) を設置し (図1) 、フラーレン (C60) 、フタロシアニン、TTF−TCNQ (テトラチアフルバレン−テトラシアノキノジメタン) などの機能性有機分子の昇華・蒸発に伴う分子線強度の実測を行い、少なくともこれらの化合物は、TTF−TCNQのような電荷移動型錯体を含めて、熱分解することなく蒸発していることの確認と、その蒸発速度のルツボ温度依存性から、飽和蒸気圧および昇華に関するエンタルピーを求めた。

これらの成果は、定量的な有機化合物の真空蒸発の基礎データとして、後述の薄膜成長機構の解析および高品質薄膜結晶の構築のためのパラメーターとして用いた。

図1 四重極質量分析計(Qマス)と全反射X線回折装置(TRXD)を装着した超高真空装置の構造

(2)有機分子の核形成、表面拡散

TTF−TCNQ、C60をアルカリハライド(NaCl, KCl および KBr) のへき開面に分子線蒸着し、初期過程としての基板上の微結晶 (成長丘) のサイズおよび間隔をAFMおよびTEMにより観測した。その結果、これらの値の基板温度依存性から、核発生頻度、成長速度、表面拡散の活性化エネルギー、および結晶成長の分子結晶の軸方位依存性を算出した。一方、TTF−TCNQでは、基板の種類に依存して針状結晶の長軸および短軸の長さが異なる。このような異方的な結晶成長に関しても有用な知見を得ることができた。それは、エピタキシャル成長の機構を、基板の表面構造と分子結晶の格子のミスマッチにのみ関係付けていた過去の研究とは異なり、基板の表面エネルギーと有機分子の薄膜成長の関係を明らかにした。

(3)エピタキシャル成長のその場計測

超高真空・有機分子線蒸着 (UHV−OMBD) 装置に、全反射X線回折装置 (TRXD) を組み合わせました。モリブデンなどをターゲットとする白色X線を、0.05。という小さな入射角で試料に照射し、無機結晶基板表面で全反射し、有機層の情報を含む回折X線の強度を固体検出器を用いたエネルギー分析により、有機薄膜の構造を評価した (図1)。

通常、無機化合物の分子線エピタキシー法では、高速反射電子線回折 (RHEED) が多用されているが、有機薄膜の場合は、高速電子による損傷が避けられない。本研究においては、電子線に比べてより試料損傷の少ないX線を用いることにより、その場構造評価を可能とした。

シリコン上の銀のエピタキシャル薄膜を基板としたC60の分子線蒸着において、基板の軸方位関係を保存したエピタキシャル成長の様子をその場計測することができた。

(4)高品質有機薄膜結晶の分子像観測

TTF−TCNQおよびC60の広領域のエピタキシャル薄膜の作製条件の検討により、格子欠陥などを含まない数十μmの完全結晶薄膜の作製を行った。その薄膜のSTMおよびTEM観察により、分子像の観測に成功した。高品質C60結晶薄膜のTEM像を図2に示す。

これらの無欠陥・無転移の結晶薄膜は、他の研究では得られていない。F/S以降は、これらの高品質分子性超薄膜を基板として、別の有機化合物の積層による「超格子」構造の構築を目指した実験を進めている。

図2:C60高品質薄膜のTEM像