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フィージビリティスタディ
脳における順・逆問題協調に関する研究
かわのけんじ
河野 憲二
■目的
「順問題」というのは原因から結果を予測するもので、これとは反対に「逆問題」とは、結果から原因を探ろうとするものである。脳は、順問題によって外界で生成されたときの現象から、外界を推測していると考えられる。この時、脳は、順問題、つまり原因から結果が起こる時の物理的な規則性を逆問題解決に使用していると考えられる。いいかえれば、脳は逆問題解決装置と考えることができる。
例えば、運動系では図1に示すように、脳がボールを投げろという運動司令を出すと、その司令にそって、運動神経が興奮し、筋肉が収縮し、関節が曲がり、ボールが投げられる。これが順問題である。脳は、ボールが標的あるいはキャッチャーのミットに入るように、ボールを投げろという運動司令を出さなければならない。つまり脳は、自分と標的の空間内での関係、重力の影響、関節や筋肉の特性等を理解し、どういう運動司令を出すとボールがどのように飛ぶかを考え、逆問題を解決して運動司令を出していると考えられる。
本研究テーマは、脳の働きをこのような順・逆問題協調として捉え、視覚系や運動系で、逆問題解決に対応する信号が脳内に存在しているか、またその解決にどんな規則性が脳内で使われているかを明かにしていくことで、脳の基本的な作動原理を解明することを目的としている。

図1 脳における順逆問題協調の模式図
■成果
今までに小脳が運動制御のために逆ダイナミクスを計算していることを明らかにしてきた。そこで次には、小脳がどのような情報を使い、どのようなプロセスで逆モデルを構築し、逆ダイナミクスを出力しているかを解明することが研究課題となる。本年度は、眼球運動と上肢の到達運動という2つの運動系をつかってこの研究課題にアプローチした。
(1)眼球運動系での研究の成果
広い視野の視覚刺激が動くと、眼は非常に短い潜時(約50ミリ秒)でその動きを追いかけるように動く。この眼の動きは追従眼球運動と呼ばれ、視界のブレを防ぎ、良好な視覚を保つのに重要な役割を持っている。この追従眼球運動の発現に、大脳MST野から橋核を経て小脳腹側傍片葉を通る神経経路が関与していることがわかってきた。
そこでこの眼の動きの位置・速度・加速度等の最適なダイナミクス(動特性)が、脳内でどのような過程を経て筋肉への運動指令として出力されているかを調べるため、様々な部位から記録されるニューロン活動が、同時に観察された眼球運動の逆ダイナミクス表現で表わすことができるか、いいかえるとニューロンの発火頻度が眼球運動の加速度、速度、位置の成分の線形加算で近似できるか調べた 。
その結果、小脳腹側傍片葉から記録されたプルキンエ細胞の単純スパイク活動については、このモデルで、良いフィッティングが得られることが多いことがわかった。さらに、小脳への入力であると考えられるMST野や橋核から記録されたニューロン活動についても同様の解析を試みたところ良いフィッティングは得られなかった。この実験と解析の結果をまとめると、MST野や橋核からの小脳への入力は、運動司令というよりは感覚情報に近く、視界の動きをコードしていると考えられる。眼を視界の動きに沿うように動かすには、視覚刺激から得られた情報を使って制御対象である外眼筋に与えるべき運動司令を構成する必要がるが、それが小脳皮質で行われている可能性が強いことが示唆されたといえる。
そこで次に、小脳がどのような情報を使い、どのようなプロセスで逆モデルを構築し、逆ダイナミクスを出力しているかを調べるため、同じプルキンエ細胞の複雑スパイク活動について調べた。複雑スパイクの活動が盛んになると単純スパイクの活動が弱くなり、複雑スパイクの活動が弱くなると、単純スパイクの活動が盛んになり、複雑スパイクと単純スパイクはちょうどミラーイメージの反応をしていることがわかった。また、複雑スパイクは、単純スパイクとは反対の方向選択性を示すが、単純スパイクと同じように眼の位置、速度、加速度に適当な係数を掛けて足し合わせると非常に良く再現できることもわかった。
MSTから、橋核を経て小脳に入力する単純スパイクの系は、様々な方向に方向選択性をもつ入力があるが、これが、プルキンエ細胞にシナプスを作ると、そのプルキンエ細胞が、上方向に方向選択性を持つ複雑スパイクに支配されていると、その入力の中から下方向に方向選択性を持つ入力が選ばれ、その単純スパイクが下方向に方向選択性を持つようになり、プルキンエ細胞が、反対側方向に方向選択性を持つ複雑スパイクに支配されていると、同側方向に方向選択性を持つ入力が選ばれ、その単純スパイクが同側方向に方向選択性を持つようになると考えられる。複雑スパイクはその発火頻度が非常に低いことと、その発火の方向選択性がそのプルキンエ細胞によって起る眼球運動とは逆であることから、実際に発火しているその時点では、行動あるいは眼球運動に関係しているとは考えにくく、つまり、ON-LINE で機能しているのではなく、長期的な影響で単純スパイクの活動を調整しているのではないかと考えられる。
(2)上肢の運動系での研究の成果
さらに逆問題を解決するための逆モデルを小脳がどのようにして構築していくかを解明するために、プリズムを用いて運動結果に人工誤差を入れ、それに基づいて学習させる上肢のReaching学習のパラダイムもすでに考案し、本年度はこの Reaching 学習が逆モデルの学習であるかどうかを確かめるための実験を行い次の結果を得た。1)この学習は学習に用いた手に特異的に生じ、もう一方の手には学習効果が転移しないことが明らかになった。2)同じ手を用いても、異なる速度の運動の間では学習効果の転移は完全ではなく、速度の違いが大きいほど転移が小さいことがわかりました。
これらの結果は、このプリズム適応学習が視覚のレベルではなく、運動指令を作る逆モデルのレベルで生じていることを示している。昨年度までの成果をあわせると、このプリズム適応学習では、Reaching 運動終了後50 ミリ秒以内の視覚情報を用いて逆モデルの修正が行われていることがわかった。